視線と座位と呼吸法

閉じたまぶたを半分開くことで鈍くなった心と体を覚醒させることもできる。
どうもやる気がしない時、意識的に眼をいくらかでも開けば、2つの眼筋が適度に緊張する。
このように自発的な努力によって意識が徐々に覚醒状態に導かれ、それがおそらく間接的には交感神経をも刺激し、眼を開いて体中を活性化することにつながるはずだ。

 

ただし、このように怠惰な状態から穏やかな覚醒状態へ導くのは、興奮状態を落ち着かせるよりも難しい。
高ぶった心を鎮めるには、適切な角度に視線を落とすだけで自動的にまぶたが下がってくるし、あとは心と体が自然に穏やかになるまで待てばいい。

 

それとは反対に、無気力状態の時に自らまぶたを持ち上げるには大変な困難をともなう。
そもそも精神的に怠惰な時は努力すること自体が億劫になるからだ。

 

古代の人々もこのことは認めている。
「太乙金華宗旨」にも半眼の瞑想について、「散漫を正すより怠惰を正す方がずっと難しい」と書かれており、眠気を解消するために散歩と呼吸をすすめている。

 

ここにもう一つ大事なポイントがある。
それは、視線を落とすという瞑想的なテクニックはこれほど効果的であるにもかかわらず、決してそれ単体で行われることはなかったという点だ。
つまり、このプラクティスは座位と呼吸法と結びついてこそ最大限に効果が発揮されるのだ。
これは生理学的にもすこぶる理に適っている。

 

背骨を伸ばして座ると自然に穏やかな覚醒状態へと入っていく。
なぜなら、その姿勢によって、立っている時の刺激作用と横になっている時の鎮静作用の中間へと誘導されるからだ。
同じく、吸う息と吐く息の長さを均等にする呼吸法も刺激と鎮静のバランスを整えてくれる。

 

半眼の瞑想法を上達させるには、呼吸について次の2つに留意しよう。

 

一つは、息を吸うたびに意識的に視線を下向きにして固定させておくこと。
B.K.S.アイアンガー師も指摘しているように、息を吸うと目は無意識に上を向く傾向があるからだ。

 

もう一つは、息を吸う時に自然にまぶたが持ち上がらないように心がけること。
というのも、息を吸うごとに交感神経が刺激されて上瞼板筋が微妙に活性化され、その結果、まぶたがかすかにせり上がるからだ。

 

 

生活に生きるヨガ