シャヴァーサナはヨガ流の鎮静剤

いま私は、温かさと暗闇に包まれている。
身体は空気のように軽く、100万ドルの宝くじを当ててカリブのビーチにでもいるかのように、くつろいでリラックスしている。
ひょっとしたら人口冬眠中の宇宙トラベラーになって、新太陽系に向かって高速で飛んでいる最中かもしれない。

 

あるいは子宮の中の胎児にでもなったのだろうか。
ただし、こうやってリラックスしながらも、それをうまく描写しようとしている自分自身を観察している感覚もかすかにある。

 

「それでは、吸う息に意識を戻していきましょう…」

 

この声―聞き覚えがある。
おそるおそる片目を開けてみる。
心地よい暗闇の川を漂っているのでも、はるか彼方の天の川で舞っているのでもなかった。
ただじっと、ニューヨーク州マサピーカのオーム・タラ・ヨガスタジオの床に横たわっているだけだった。

 

「準備ができたら、ゆっくりと身体を片側に倒して…今の感覚を観察しましょう…」

 

声の主は、マリア・ヤッケイ。
木曜朝のクラスのヨガティーチャーだ。
やがて6人のクラスメイトと私は、冴えと活力に満ちた状態で足を組んでスカーサナ(安楽座のポーズ)で座り、内なる聖なる存在に向かって頭を垂れる。
「ナマステ」―そしてクラスは終わった。

 

プロップスを片付けていると、マリアが近づいてきた。
「シャヴァーサナが上達したわね」

 

私は2つのブロックを足の上に落としそうになった。
上達?シャヴァーサナが?死体の真似がうまくなっただって?

 

「前はもっと落ち着かない様子だったわ」

 

確かにそうだった。
私はカフェイン漬けで、闘争心に満ちたエネルギッシュな状態だ。
その上、マラソン好きで、ジム中毒。
落ち着けるわけがない。

 

だからヨガが必要なのだ。
7年間練習を続けてきて、まだうまくできないことはいろいろあるが。
まあ、ほとんどすべてなのだが、少なくとも床で静かに寝ていることは別だろう。

 

「つまり、床で寝るのが上手くなったということ?」

 

マリアはため息をついて、とがめるように私を見た。
「シャヴァーサナは、ただ床で寝ているわけではないのよ」

 

どうか誤解しないでほしい。
クラスの終わりのこの心地よい休憩は最高だ。
だが、真剣にこのポーズについて考えるまでは、シャヴァーサナは、クラスが終わったとたんにSUV車に乗り込み、近くのスターバックスに向かいながらメールを打ち始めるエリートサラリーマンやサッカーママたちを落ち着かせるように、練習の最後に組み込まれた、ヨガ流の鎮静剤だと思っていた。

 

 

生活に生きるヨガ